フットサルの歴史|エクシオのフットサル婚活パーティー

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フットサル基礎知識 フットサルの歴史

フットサルとは

もともと足で球やボールを蹴る行為はサッカーもフットサルも起源や歴史は一緒で、人類の歴史が始まった頃からこの行為は始まったとされています。新石器時代(紀元前約1万年前)の現中国地域の地層から石の球が発見されたこと、南米の熱帯雨林で古くから早く生産して作った天然ゴムのボール、他にも足でボールを蹴る遊戯は、考古学的には古代エジプト、古代ギリシャ、古代ローマから足でボールを蹴る人物のレリーフが発見されています。

しかし、これはあくまでも走ったり、足でボールを蹴るだけの行為であって、サッカーが確立されたのは19世紀のヨーロッパであるのに対し、フットサルらしき競技はまだ行われていませんでした。よって、フットサルの直接の起源は以下の二つにわけられています。

ひとつは、ブラジルや南米で行われていた「サロンフットボール」。二つ目は、イギリスやヨーロッパ、アメリカで流行っていた「インドアサッカー」です。

サロンフットボールは、弾まないボールを使ったゲームで、1930年ころからウルグアイで始められました。また、ブラジルでも同様のものが考案され、最初の統一ルールは、サンパウロで出版されたものとされているそうです。サロンフットボールは、その後南米全域へと広まっていきました。

一方、インドアサッカーは普通のサッカーと同じボールを使って、壁も使って行われる競技です。ルールや名称も国々によってまちまちで、スペインではフットボール・サラ、ドイツではハレン・フースバル、イタリアではカルチェット、オランダでザールと呼ばれています。ヨーロッパでは、ザールのルールを元にしてUEFAがインドアサッカーのルール統一を図りました。

FIFAは、こうしたミニサッカーが世界中に広まるのをみてルールの統一を開始。1989年には初の世界大会がオランダで開催されました。第2回の大会は香港で開催され、FIFAとFIFUSAによるルールの統一化が図られました。そして、このときのルールの問題点を改正し、1994年に競技名を「フットサル(FUTSAL)」と改められたのです。

なお、フットサルの直接の名称の由来は「futbol de salon(フットボール・デ・サロン、意味は「室内で行うサッカー」)」というスペイン語です。「フットボール・デ・サロン」が呼び続けられるうちに短く省略され、「フットサル」へと変化し、定着していきました。

現在では、スペインの国内リーグLNFS(リーガ・ナシオナル・デ・フットボル・サラ)が、フットサル世界最高峰のリーグとしての地位を確立しており、スペイン代表チームは2000年・2004年の世界選手権、2005年のヨーロッパ選手権などで優勝。LNFSには、各国の代表選手が集まり、その強豪チーム、マドリー近郊アルカラを本拠地とする「ブーメラン・インテルビュー」は、UEFAカップ制覇やインターコンチネンタルカップ連覇などの実績を誇っています。

また、サッカー王国ブラジルでも、フットサルはサッカー以上に身近なスポーツとして普及しており、競技レベルでは、ロナウジーニョやロビーニョなど多くのプロサッカー選手が、フットサルでキャリアをスタートさせています。

一方、「リーガ・ナシオナル」と呼ばれる全国リーグの他、各州でプロリーグが盛んに行われ、スペインやイタリアのフットサルチームに移籍する選手も多いそうです。当然のことながら、セレソン(ブラジル代表)はフットサルにおいても常に世界最強の強さを誇っており、2000年、2004年はワールドカップの王座をスペインに奪われていましたが、2008年の自国開催大会において決勝でスペインを破り優勝。また、2005年から、招待国が参加するフットサルグランプリが毎年ブラジルで開催されています。

一番新しいフットサルワールドカップは、2008年にブラジルで行われた第6回世界大会で、予選を勝ち抜いた20チームが参加し強豪ブラジルがスペインをPK戦の末下して通算4度目の優勝をしています。

フットサルワールドカップは、4年に1度サッカーW杯の中間年に、FIFAフットサルワールドカップとして世界各地で開催されています。2012 FIFAフットサルワールドカップは、2012年11月2日から18日まで、タイ王国で開催される予定となっており、2012年8月までには全代表国・地域が出揃うとの事です。

日本のフットサルの歴史

今でこそ日本のサッカーはワールドカップに出場し活躍出来るレベルにまで成長しましたが、1970年代の日本のサッカーは、ヨーロッパや南米のサッカーの技術レベルと比べて、大きな差がありました。
何時までたっても思うように技術が向上しない日本を救ったのは、日本リーグ参加のために来日したセルジオ越後、アデマール・マリーニョ、ラモス瑠偉、ジョージ与那城らでした。彼等は欧州や南米の小さなサッカーコートから、路上や空き地といった小さな空間で日常的に行われているミニサッカーという文化が日本には無いことを指摘しました。ここからフットサルの前身とも言えるミニサッカーが、日本の地でも広がっていくことになります。

その後、様々なミニサッカーの大会が認知を広めるべく開催されるようになり、1973年と1974年には日本リーグ全8チームが参加した「第一回ミニサッカー選手権大会」が開催されました。1976年にはなんと女子による大会も行われ、実践女子大、相模女子大の学生チーム、三菱重工と三菱養和によるチーム、FC神南などのOLチームが8人制のミニサッカーで活躍し、1980年まで続きました(この大会は、後になでしこリーグへと続いていきます)。1979年は大規模な「全国少年総合ミニサッカー大会」が開催され、そしてこの大会はその後10年間続き、日本サッカー協会が主催する本格的な公式大会へと発展していきました。1992年には「全国少年ミニサッカー大会」が誕生し、この年の第一回大会には24チームが参加しました。1995年には36チームが参加するほどになり、全国的に確実に広がっています。

■1977年、日本ミニサッカー連盟発足

70年代、国内でも各種ミニサッカー大会が行われるようになると、組織化が始まり、(財)日本サッカー協会傘下に、日本ミニサッカー連盟が発足しました。

■ミニサッカーの発展

ミニサッカーの認知が日本に広がっていくと同時に、世界規模でもミニサッカーの大会が行われるようになりました。

1982年には「第一回世界サロンフットボール選手権大会」が開催されています。この大会には日本の代表チームも参加し、9位の成績で終わっています。1989年には「第一回ファイブ・ア・サイドフットボール世界大会開催」がオランダで開催されました。この大会が現在の「FIFAフットサルワールドカップ」の前身となっています。

また1985年には国内大会として「第一回全国選抜フットサル大会」が開催。この大会はフットサルにおいて日本国内で最も歴史の長い大会です。

■フットサルの誕生

1994年にFIFAにより「フットサル」と競技名称が定められたのと同時に、日本サッカー協会が設立した「ミニサッカー委員会」を9月に「フットサル委員会」改められました。そしてこれを契機に、日本サッカー協会によるフットサルの普及活動が開始されました。この頃から「フットサル」は爆発的に日本での認知度を高めていき、1996年には、第1回の全日本フットサル選手権が開催され、その後ジュニアユース、小学生大会も行なわれるようになりました。 これらの活動により、順調に競技人口が増加していきます。

■日本フットサルリーグの誕生

Jリーグのスタート、1998年・2002年のサッカー日本代表のW杯出場でサッカー熱自体が高まり、手軽にサッカーを楽しむことが出来ると、フットサルをプレーする層も格段に増えてきました。

2000年前後から急速に競技人口を伸ばし、現在日本全国で約280万人のフットサル愛好者がフットサルをプレーしているそうです(2009年7月にJFA(日本サッカー協会)発表)。さらにJFAは、2016年までにフットサルの競技人口を400万人に伸ばすことを計画しているそうです。

2007年9月にFリーグが誕生したことにより、日本のフットサルの環境は大きく変わりました。Fリーグは東北から九州までの8つのチームが総当たりのリーグ戦を行ない、順位を競います。Jリーグをモデルとしたホームタウン制を敷き、チーム名称に企業名を冠することが禁止されています。

2009シーズンは、北海道と東京・府中から新たに2クラブが加わり、2012年には静岡県から1クラブ加わりました。Fリーグはこれからさらに盛り上がることでしょう。

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